本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 史跡案内 > 山口 > フランシスコ毛利元鎮の墓

フランシスコ毛利元鎮の墓

                            山口県墓所、キリシタン関連史跡

マセンシアの息子が眠る


キリシタン大名毛利秀包(ひでかね)とマセンシアの子、毛利元鎮(もとしげ)の墓。

2人の信仰を受け継いだ元鎮もまたキリシタンで、早くに隠居し、花鳥風月を愛でる(長い)余生を送ったとされています。

毛利元鎮の墓


毛利元鎮は26、7歳の頃からこの地で隠居同然の暮らしを始め、1625(寛永2)年に毛利家当主毛利輝元が死去すると、37歳で正式に隠居しました。

この殿居の地には、マセンシアもいたとされ、マセンシアの元にはイエズス会のアントニオ石田神父が訪れていたことが記録に残っています。

元鎮の墓の周囲


元鎮が加増を断り隠棲したのは、石田神父の訪問後であることから、神父の訪問が輝元に発覚し、棄教を拒んで引退させられたと考える歴史家もいます。

元鎮の墓は、隠居後の元鎮に近侍した松村家の裏山にあります。

ここには他に、松村家代々の当主のみが葬られ、墓が設けられているということです。


元鎮の墓

玉垣に囲まれている

解説板

元鎮の墓への道


 
現地への行き方
JR下関駅から車で1時間ほど。住所は下関市豊田殿居です。殿居小学校の近くに案内標識があり、見龍寺の前に解説板があります。案内標識に従って見龍寺の駐車場の下の道をまっすぐに進んで行くと、元鎮の墓のある裏山に行くことができます。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


                                          NEXT >>