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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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藩庁門

                           山口県浦上キリシタン関連史跡

長州藩の志士が通った門


毛利敬親が幕末に山口の地に移した藩庁の正門。

1863(文久3)年、長州藩の藩主敬親は藩庁の移転を計画し、慶応3年(1867)に竣工しました。藩庁門はその正門として建てられたもので、切妻造で脇門付のこの門は山口県の重要文化財に指定されています。

明治維新とつづく新政府に貢献した長州藩の志士たちが通った門であり、自治体の観光HPによると坂本龍馬もここを通ったのだそうです。

藩庁門


幕末の長州藩士として挙げられるのは、桂小五郎(木戸孝允)、高杉晋作、伊藤博文、井上馨らです。

このうち木戸と井上は、浦上キリシタン流配に関与した人物です。

イギリス公使パークスの抗議で、最終的に全員流配することに決まり、そのようになりましたが、抗議される前に木戸が策定し、井上らによって採用決定された方策は以下のようなものでした。

長州藩庁の正門だった藩庁門


1.中心人物数名を長崎で死刑にし、3000余名の信徒を諸藩に預託
2.預託する信徒の生殺与奪の権は各藩主に一任
3.7年間信徒一人につき一口半の扶助を与える

流配された浦上キリシタンの殉教者数は613名。木戸が作った方策が採られていたら、死者はもっと多くなっていたと考えられます。

キリスト教禁令は徳川幕府の方針。新しい日本を作っていくときにその内容をよく検討していれば、罪のない人たちが殺されることはなかったはずです。


藩庁門

解説板

藩庁門と堀

お堀


 
現地への行き方
JR山口駅から徒歩30分ほど。駅前からのバスの利用が便利です。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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