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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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渋木八幡宮

                            山口県キリシタン関連史跡

キリシタンに焼かれたという神社


この地にいたキリシタンに火をつけられたという伝承が残る神社。

キリシタン時代、神社仏閣を破壊した信徒がいたことは知られていますが、ここの神社はその一つであるとの伝承を持っています。

由緒正しく宝物もあったのに、その焼き討ちの際に焼失したとのことです。その真偽も、どういった事情だったかもわかりませんが、キリシタンがこの地にいたということは確かだということができます。

渋木八幡宮鳥居


渋木八幡宮は「防長寺社由来」によると鎌倉の鶴岡八幡宮の勧請といわれ、縁起棟札や感状物など、以前は多くの宝物が存在していたということです。

しかし、三輪氏光井五郎右衛門という名前のキリシタンによって地域の神社仏堂などを焼き討ちにされた際、この神社も襲われて、それらは皆焼失してしまったと伝えられています。

渋木八幡宮の社殿


三輪氏光井五郎右衛門なる人物が、どんな人物で、いつそのようなことをしたのかなど、不明な点が多いですが、具体名まで出てくると信憑性が高いといわざるを得ません。

1907(明治40)年、神社合祀令により渋木地区内の神社はこの渋木八幡宮に統合され、以来地域全体の氏神として崇められています。


渋木八幡宮

参道

石灯籠など

社叢は天然記念物


 
現地への行き方
JR渋木駅から徒歩7分ほど。住所は
長門市渋木662です。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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