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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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毛利マセンシアの墓

                            山口県墓所、キリシタン関連史跡

大友宗麟の娘マセンシアの墓


キリシタン大名大友宗麟の娘で、キリシタン大名毛利秀包の正室であった毛利マセンシアの墓。

宗麟の娘といっても、母は奈多神宮の神官の娘で強力な反キリシタンだったので、洗礼への道が平坦だったわけではありません。信仰を貫くことでは頑固ともいえるほど気が強く、また宣教師を招くなどの布教面では非常に積極的な女性でした。

毛利マセンシアの墓


毛利マセンシアの墓は、豊田町江良の神上寺の山の中にあります。

この地の住民はこの墓のことを「カラバカ」と呼んできたというので、マセンシアの遺骸はこの下には埋葬されていないのかもしれません。

父親譲りの信仰深さと、母親譲りの気の強さを併せ持っていたマセンシアは、キリシタン禁制下でも変わらず宣教師を招き、布教に努めたといわれています。

五輪塔の形の墓碑


信仰への決意を表すために、腕に自ら十字架の刺青を入れたというエピソードも残るマセンシア。

政略結婚にも関わらず、夫の毛利秀包もキリシタンで、この時代には珍しいキリシタン同士の結婚でした。

毛利家は代々キリシタン嫌いの続いた血統ですが、秀包だけはキリシタン。しかも信仰者として立派な行いで知られていました。秀包が急死しなければ、マセンシアと力を合わせて違った未来を切り拓いていたかもしれません。


五輪塔の形

解説板

道からの標識

山の中の標識


 
現地への行き方
JR下関駅から車で1時間ほど。住所は下関市豊田町江良624の辺りです。華山の道路を上って行くと、下りに差しかかる手前に「引地君の墓」の案内標識があり、それに従っていくと山の中の墓所に行き着きます。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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