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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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木戸孝允旧宅

                              山口県浦上キリシタン関連史跡

浦上キリシタン流配を策定、決行


西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」と呼ばれる木戸孝允が暮らした家。
天保4(1833)年、藩医の長男としてここで生まれ、8歳の時に桂家の養子となりましたが、養母が死亡したため実家に戻り、江戸に出るまでの20年間をここで過ごしました。

慶応4(1868)年、総裁局顧問であった木戸は、井上馨から長崎浦上村のキリシタンについて報告を受け、信徒の中心人物を説諭し、応じない場合は斬首、晒し首にし、その他の信徒は諸藩に流配して肉体労働をさせるとの政府案を取りまとめ、天皇に上奏、諸藩にも提示しました。

木戸孝允旧宅


政府案の提示を受けた政府要人と諸藩は、概ね同意する答申書を提出しましたが、イギリス公使パークスを招いて説明した際に強い抗議を受けたため、全員とりあえず流配することに変更されました。

その決定事項を持って木戸が長崎に行き、正式に発令。こうして浦上村のキリシタン3000余名は、名古屋以西の20の藩に流配されることとなりました。


説明板

木戸孝允誕生地の碑

旧宅

前の道


 現地への行き方
萩バスセンターから循環バス「晋作くん」に乗って、「玉木病院前」下車、徒歩10分。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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